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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)2237号 判決

控訴人 森山喜太郎 外二名

被控訴人 小倉スミ 外四名

主文

一  原判決中控訴人等敗訴部分をつぎのとおり変更する。

(1)  控訴人千足周樹は、被控訴人小倉スミが金一七万七、〇七四円、被控訴人小倉重勝・同小倉知恵子・同小倉恵都子・同棚橋美代子が各自金八万九、〇七一円を支払うと引換に別紙目録〈省略〉第二表示の建物について、被控訴人小倉スミに対し一、〇〇〇分の三三二、被控訴人小倉重勝、同小倉知恵子、同小倉恵都子、同棚橋美代子に対し各自一、〇〇〇分の一六七の各持分の所有権移転登記手続をし、かつ被控訴人等に対し右建物の引渡をせよ。

(2)  被控訴人等が控訴人千足周樹に対し、前記(1) の金員を支払つた日から、控訴人佐藤正二は、被控訴人小倉スミに対し一月金九九一円、被控訴人小倉重勝、同小倉知恵子、同小倉恵都子、同棚橋美代子に対しそれぞれ一月金四九九円を支払い、控訴人森山喜太郎は、被控訴人小倉スミに対し一月金一、六六〇円、被控訴人小倉重勝、同小倉知恵子、同小倉恵都子、同棚橋美代子に対しそれぞれ一月金八三五円の各割合による金員の支払をせよ。

(3)  被控訴人等の控訴人佐藤正二、同森山喜太郎に対するその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用中被控訴人等と控訴人千足周樹との間に生じたものは第一、二審とも同控訴人の負担とし、控訴人佐藤正二、同森山喜太郎との間に生じたものは第一、二審を通じ、これを五分し、その一を被控訴人らのその余を同控訴人らの負担とする。

三  本判決中、第一項の(1) 中所有権移転登記手続を命ずる部分を除く部分及び第一項の(2) に限り仮りに執行することができる。

事実

控訴人等訴訟代理人は、原判決を取消す、被控訴人等の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人等の負担とするとの判決を求め、被控訴人等訴訟代理人は、控訴人千足周樹の控訴に対し、控訴棄却の判決及び主文第一項(1) 同旨の判決(引渡部分本訴において拡張)を求め、控訴人佐藤正二、同森山喜太郎の控訴に対し控訴棄却の判決を求め控訴人佐藤正二は昭和三二年二月二七日から被控訴人小倉スミに対し一月九九一円その余の被控訴人等に対し夫々一月四九九円の金員を支払い控訴人森山喜太郎は被控訴人小倉スミに対し一月一、六六〇円、その余の被控訴人等に対し、それぞれ一月八三五円の金員の支払をせよと請求の趣旨を減縮した。

当事者双方の事実上の主張ならびに、証拠の提出、援用、認否は、つぎに記載するほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

被控訴代理人は当審でつぎのとおり請求原因を変更した。

一、本件土地に対する被控訴人等の持分は、被控訴人小倉スミは一、〇〇〇分の三三二、その他の被控訴人等はそれぞれ一、〇〇〇分の一六七である。

二、本件建物の買取代価は総額五三三、三五四円であるから、土地の持分の割合に応じて被控訴人小倉スミの持分の買取代金は一七七、〇七四円(一円未満切上げ)被控訴人小倉重勝、同小倉知恵子、同小倉恵都子、同棚橋美代子の各持分の買取代金はそれぞれ八九、〇七一円(一円未満切上げ)となり控訴人千足周樹は、被控訴人等がそれぞれ右金員を支払うと引換えに本件建物を引渡しかつ、右持分の割合による所有権の移転登記手続をする義務がある。

三、控訴人佐藤正二は、賃料一月二、九九〇円、控訴人森山喜太郎は賃料一月五、〇〇〇円であるから、被控訴人らの本件建物に対する前記持分の割合に応じて、控訴人佐藤正二は被控訴人小倉スミに対し、一月九九一円、その余の被控訴人らに対しそれぞれ一月四九九円、控訴人森山喜太郎は、被控訴人小倉スミに対し一月一、六六〇円、その余の被控訴人らに対し、それぞれ一月八三五円の割合の金員を買取請求権の行使のあつた日の翌日である昭和二三年二月二七日から支払う義務がある。

控訴人佐藤正二同森山喜太郎訴訟代理人はつぎの通り付加陳述した。

一、被控訴人らが控訴人らに対し賃料を請求できるのは、被控訴人らの控訴人千足周樹に対する本訴について勝訴判決が確定して被控訴人らが買取代金の支払を了し、本件建物の取得登記を了してからである。それまでは、控訴人らは控訴人千足周樹に賃料支払義務がある。被控訴人らは買取代金の支払をしないまま、控訴人らに対し賃料を請求することはできないものである。

二、また、不動産に関する物権の得喪および変更は、その登記をするのでなければ、これをもつて第三者に対抗することを得ないことは買取請求権行使のあつた場合も同様である。建物賃借人である控訴人らは登記の欠缺を主張する正当の利益を有する者にあたるから、被控訴人らが原審判決に示すとおり、金五三万三、三五四円の支払と引換に本件建物の所有権取得登記を完了するまでは、被控訴人らは本件建物所有権の取得をもつて控訴人らに対抗できないから、建物賃借人である控訴人らに対し賃料を請求することはできない。

立証〈省略〉

理由

一、別紙目録第一表示の土地を、被控訴人らが相続により取得し、その主張のとおりの持分をそれぞれ有すること、被控訴人らが同土地を訴外永井俊作に賃貸していたこと、控訴人千足周樹が昭和三二年五月一二日以前から、右土地上に別紙目録第二表示の建物を所有し、昭和三二年一月一〇日から控訴人森山喜太郎に対し、右建物の階下店舗部分五坪五合を、賃料一月五、〇〇〇円、控訴人佐藤正二に対し、右建物のその余の部分を賃料一月三、五〇〇円で賃貸し、控訴人らがそれぞれ前記土地を占拠していることは当事者間に争がなく、控訴人千足周樹が訴外永井俊作から、昭和二八年五月六日前記建物ならびに前記土地賃借権を譲受け、右建物について昭和二九年一二月八日所有権取得登記手続をしたことは被控訴人らの明らかに争わないところである。

二、控訴人らは控訴人千足周樹が本件土地の賃借権を譲受けたことにつき、本件土地の管理人小倉興業株式会社の承諾を得たと主張するのでこの点を判断する。

この点に関する原審ならびに当審における証人石山仁一同千足ひろの各証言は措信でき難く、かえつて、成立に争のない甲第四号証原審証人海野耕平の証言により成立を認め得る甲第五号証の一、二、第六号証の一ないし五、同証人の証言原審証人吉村二郎(一、二回)当審証人太田健吉の各証言を総合すると小倉興業株式会社は、控訴人千足周樹が本件建物取得登記をした後も終始本件土地の賃借人を永井俊作としている事実が認められるので、控訴人等主張の如く賃借権譲渡の承諾があつたものとは認められず、その他に承諾の事実を認めるに足る証拠はない。

三、控訴人等は承諾の事実がないとしても、小倉興業株式会社は、賃借権譲渡の事実を知りながら、譲受人である控訴人千足周樹から賃料の支払を受け、かつ、賃料値上の請求をして、これを受領しているから默示の承諾があつたものと主張するのでこの点を判断する。

前記証人石山仁一同千足ひろ同吉村二郎の各証言、成立に争のない乙第一号証によると、昭和二九年一二月二七日小倉興業株式会社は、控訴人千足周樹の妻千足ひろから、同年七月分から同年一二月分までの永井俊作との約定による一月金一、五七三円の割合による六ケ月分の賃料合計金九、四三八円を受取り、更に昭和三〇年三月三〇日に同年一月分から三月分までの合計金四、七一九円の支払をうけたこと、同年五月二八日同年四月分および五月分の値上げ賃料一月金二、〇四五円合計金四、〇九〇円の支払をうけたことが認められる、また甲第六号証の一ないし四、前記証人千足ひろの証言によると昭和三〇年六月以降同三二年二月まで一月金二、〇四五円の割合による金員の支払をうけていた事実が認められる。

しかしながら、甲第四号証によると昭和三〇年六月一六日付をもつて、被控訴人らは、賃借人永井俊作宛に賃貸借契約を解除する旨通告した事実が認められ、前記証人吉村二郎(一、二回)同石山仁一(原審一、二回、当審一回)原審証人永井陽之助の各証言を総合すると小倉興業株式会社は、永井俊作に対する賃料について賃借権譲渡の事実を知らない昭和二八年五月頃から、本件建物の賃借人である控訴人千足周樹から石山仁一を通じて再三受領しているのであり、控訴人千足周樹の賃借権譲受の事実があつて初めて同控訴人から賃料の支払を受けたものでなく、永井俊作も右控訴人へ本件建物を譲渡するとき地主である被控訴人らに対する関係を考慮して所有名義を永井俊作のまゝにしておくように申出たことも認められるので、小倉興業株式会社が控訴人千足周樹を本件土地の賃借権の譲受人と認めて賃料を受領したものかどうか明らかでなく、乙第一号証の賃料領収証の宛名も同号証により明らかなとおり永井俊作のままで控訴人千足周樹宛に変更されていないし、甲第六号証の二ないし四、前記証人吉村二郎同海野耕平の各証言によれば、賃料の値上も控訴人千足周樹を本件土地の賃借権の譲受人と認めて値上を交渉したものでもなく、前認定の永井俊作に対する賃貸借契約解除後は損害金として受領していたことが認められるので、小倉興業株式会社が右控訴人から賃料と同額の金員を受領していた事実があるとしても、これをもつて直ちに土地賃借権の譲受に付いて默示の承諾があつたと認めるには右認定事実に照らし不十分であるというべきである。

その他控訴人ら主張事実を認めるに足る証拠はない。

四、控訴人千足周樹は、賃借権が認められないなら買取請求権を行使し、代金の支払あるまで留置権を行使すると主張する。控訴人千足周樹は本件土地の賃借権譲渡につき、被控訴人らの承諾が得られなかつたので、被控訴人らに対し、本件建物の買取請求権を有するものであるところ、同控訴人の訴訟代理人が昭和三三年二月一六日の原審準備手続期日において、右買取請求権行使の意思表示をしたことは当事者間に争がない。よつて同日右当事者間に本件建物の売買契約が成立したものというべきであり、本件土地についての被控訴人らの持分は前認定のとおりであるから、本件建物についても持分の割合により当事者間に売買契約が成立し、その所有権が被控訴人等に移転したと解すべきである。ところが本件建物は後記のとおり控訴人佐藤正二および同森山喜太郎が被控訴人らに対抗し得る賃借権を有するのであるから、右建物の時価は、右賃借権の負担付のものとして評価すべきであり、被控訴人ら援用の鑑定の結果によれば、昭和三三年二月現在における賃借権付きの場合の価格は金五三三、三五四円であることが明らかであつて本件買取請求時の時価も右と同額であると認めるのが相当であるから、右金員の支払を受けるまで本件建物につき留置権を行使することができる。

よつて控訴人千足周樹は、被控訴人小倉スミから金一七七、〇七四円その余の被控訴人らからはそれぞれ金八九、〇七一円の買取代金の支払をうけると引換に本件建物につき被控訴人小倉スミに対し一、〇〇〇分の三三二、その余の被控訴人らにそれぞれ一、〇〇〇分の一六七の持分の所有権移転登記手続をなし且つ、被控訴人らに引渡をしなければならない。

五、控訴人佐藤正二同森山喜太郎の賃借権について

(1)  控訴人佐藤正二同森山喜太郎が控訴人千足周樹から、本件建物を賃借し占有していることは前認定のとおり当事者間に争がないから、右控訴人らは、右建物の賃借権をもつて、前記のとおり本件建物の所有権を取得した被控訴人らに対抗することができる。

(2)  右控訴人らは、被控訴人らの本件建物所有権の取得につき登記の欠缺を主張するが、敷地不法占拠による建物収去土地明渡の請求に対し、建物買取請求権が行使され、右建物の賃借人が、建物賃借人に対する建物退去敷地明渡の請求に対し、建物買取請求権行使の事実を援用し、建物の所有権が建物買取請求権を行使された相手方に移転したことを認めて、建物賃借権をもつて対抗するときは、建物賃借人は登記欠缺を主張する利益を放棄したものと認めるべきであるから、控訴人等の主張は本件の場合理由がない。

(3)  しかしながら、買取請求権を行使した控訴人千足周樹が買取代金の支払をうけるまで、本件建物の引渡を拒むことができることは前認定のとおりであるから、その間は控訴人千足周樹は賃貸人として控訴人らから賃料を収受できる筋合であるから、それまでは控訴人らは被控訴人らに賃料を支払う義務はない。

したがつて、被控訴人らは買取代金を支払つたときから、控訴人らから前認定の約定賃料を持分の割合に応じて受領できることになるわけである。そうすると被控訴人小倉スミに対し控訴人佐藤正二は一月金九九二円(円位未満切棄、ただし被控訴人小倉スミは、右九九二円のうち九九一円を請求している)、控訴人森山喜太郎は一月金一、六六〇円その余の被控訴人ら各自に対し控訴人佐藤正二は一月四九九円(円位未満切棄)、被控訴人森山喜太郎は一月八三五円の割合による金員を支払う義務がある。

六、よつて控訴人千足周樹の本件控訴については、右と同趣旨の原判決は相当であつて本件控訴は理由がないが、被控訴人らは請求の趣旨を訂正し、かつ、拡張したので主文のとおり原判決を変更し、控訴人佐藤正二、同森山喜太郎の本件控訴は、原判決中右認定の範囲を超える部分については理由があり、かつ、被控訴人等は当審において請求の趣旨を減縮したので原判決を変更し、訴訟費用の負担について、控訴人千足周樹に対する関係においては、民事訴訟法第九六条、第八九条の規定を、控訴人佐藤正二同森山喜太郎に対する関係においては、同法第九六条、第九二条、第九三条の規定を適用し、仮執行の宣言については、同法第一九六条第一項の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 千種達夫 岡田辰雄 和田保)

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